| 「木漏れ日の鎮魂歌」
俺は恋をしていた。相手はどうという事のない娘、取り立てて美人なわけではないし、すごくスタイルがいい わけでもない。だがその笑顔は、俺の今までの人生にはついぞなかったもので、新鮮で、その笑顔が俺に向けら
れていることがただ幸せだった。
その娘はヴェスパーの薄汚れた酒場で給仕をしていた。汚く、その上味も良くなかったのでいつもそこはすい ていた。普段から俺は食事にそれほど興味がなかった。どんなものを噛んでも胃に入れば同じであった。職業柄
人の多いところでは落ちつかないようで、味わって食べる事などなかった。だから味など気にしないし、人が少 ないその店は好都合であったのだ。
俺にはその娘、ラナと、この店は不釣合いに見えた。ラナはこんな店で働く事の不満など一切見せず、いつも 笑顔だった。だから俺はいつのまにかこの店に通うようになった。最初にラナを見たのはいつだったろうか、確
か、ムーングローからヴェスパーへと勢力を伸ばしつつあった商人を暗殺した帰りであった。仕事の後はいつも 心が重い。父のいった言葉、誇りを持つと言う事、それが重くのしかかってくる。大抵そんな日は、たいして飲
めもしない酒をあおり、家に帰って倒れこむように眠る。そして次の日を迎えるのだ。だけどその日は違った。 普通は俺が一人で酒を飲んでいても話しかけてくるものはない。だが、ラナは俺に声をかけた。
これ、どうぞ。
そう言って、1人で酒をあおっている俺に、揚げじゃがの皿を手渡したのだ。
俺は内心びっくりしながら、頼んでいないのだが、とふてくされた様に答えた。
私の奢りです、お客さんなんだか寂しそうだから。あ、えと、迷惑です?あんまりこのお店おいしくないもん ね、でもこれ、私が作ったんです。マスターがつくるよりはおいしいかなぁ。ちょっと自信作だったりして、あ
、えと、ね、ほんとに奢りだからとにかく食べてください。冷めちゃうとおいしくないですから。そう早口にま くし立てた。俺はなんだか毒気を抜かれてしまい、いただくよ、と答えて、揚げじゃがをほうばった。そのとき
食べた揚げじゃがは、俺が今まで食べたものの中で一番うまかったと思う。なんだかその揚げじゃがのおかげで 、今まで無色であった味覚の世界にうっすら色がついたように思えた。
それから俺とラナは少しづつ近づいていった。最初はどちらから誘ったのかわからない、でも2人で外へ出か けるようになった。ラナのお気に入りの場所は郊外にある小さな丘だった。季節はもう初夏だったが、その丘に
は小さな林があり、その中は優しい木漏れ日に包まれ、居心地が良かった。よくそこで2人で寝転がってじゃれ あった。少し遠慮がちに小鳥がついばむ様にキスもした。ラナといるときは自分の仕事の事も忘れる事ができた
。 幸せだった。
ある日俺は仕事を受けた。どうやらこのヴェスパーでギルドに入らず暗殺の仕事をしているものがいるらしい 。俺としてはどうでもよい事であるが、ギルドとしては許す事ができないようだ。俺に抹殺の指示が下された。
ギルドの用意した館に俺は潜み、偽の依頼に騙されやってくる暗殺者を殺す予定だった。俺はラナにその日は用 事があるといって出かけた。表向きは俺はヴェスパーの魔術師学院で錬金術の研究を手伝う学生ということにな
っている。事実在籍もしているし、実際用事があることもそう稀ではなかった。
用意された家はなかなかの豪邸で、召使もいた。とりあえず敵がどこから見ているとも限らないので、俺は自 然に振舞った。貴族の子弟に偽装と言う事だったが、それなりに面白い仕事だった。なんといっても貴族の子弟
の気分が味わえた事は、少しだけ俺の気分を愉快にした。しかし同時に、生まれの差というものについて考えさ せられる事にもなった。生前ウェイル、義父はお前は高貴な生まれなのだ、と言っていた。もしそうだったとし
てもなんの関係があるわけではないし、第1父は俺を自分の家の前で拾ったのだ。そんな事がわかるわけはなか った。だが、少し自分が貴族の生まれであったらと考えてしまう。もしそうならラナと結婚し幸せな家庭を作る
事もできただろうに・・・。そう考えてしまう。俺はラナを抱かなかった。そうしたらもう戻れなくなってしま いそうで、今の小さな幸せを壊したくなくて、それをしなかった。俺にはラナと幸せな家庭を作る力も資格もな
かった。俺は、召使の運んでくる料理に口をつけながらそんな事を考えていた。
暗殺者はどこから来るのだろうか。その情報ももちろんあった。俺と同じに短剣を得意とするらしい。恐らく は夜陰に乗じて窓からの侵入を図るとのことであった。それ以外の場面で油断するわけではないが、夜に備え、
俺は武器や薬の準備をしておいた。
子供だましかもしれないが、俺は自分の寝室の布団の中に物を入れ膨らませておいた。その上で俺はベッドの 影に潜んだ。何かを待つ、これは意外と大変な事だ。俺の場合は特に命に関ってくる事なので深刻だ。優秀な暗
殺者とはどんな暗殺者だろうか、恐らくこの答えは待つ事のできる暗殺者である、と言えると思う。剣の腕より 何より待つという事は重要だ。これは稀な例だと言えるが、ある将軍に10年以上執事として仕え、側で働き、
ある日軍を率いていた最中、最高のタイミングでその将軍を暗殺した暗殺者もいたらしい。もちろん軍は瓦解、 後少しのところで勝利を失った。
そうして考え事をしていたときだ、カタリ、と窓がなった。普通なら気にも留めないような音。それが俺の中 に響いた。来たようだ。俺は、黒い液体をとりだしてのみ干してから、手のひらの中のスティレットを逆手に持
ち替えた。ほとんど音もなく窓が開いていく、恐らく鍵開けなら俺よりも腕が上だろう。
そいつは黒いローブを羽織り、闇に溶け込んでいた。フードのせいで顔は見えない。思ったより小柄なようだ 。窓からふわりと音もなく降り立つと、滑るようにベッドへ近づいてくる。手のひらが翻ったかと思うと、その
手の中の短剣がベッドに突き刺さっていた。結末は実にあっけなかった。そいつは俺に対して完全に背中を見せ ていた。俺は背後から首筋にスティレットを突き刺した。相手が暴れた為派手に血が噴きあがる。あっ・・・う
・・・。相手はそれだけ言うとこときれた。
俺は手だれの暗殺者の顔を見てやろうとフードをめくりあげた。そして俺の自我は崩れ落ちた。・・・暗殺者 はラナだったのだ。
何も考えられなかった。頭がふらふらして、胸が激しく痛んだ、胸が裂けて死ぬのではないかと思った。いっ そそうなれば良かった。神を呪った、どうしてこんな事が起きたのか、まったくわからなかった。ただ、俺の中
で何かが壊れた事を知った。
俺はラナに激しくキスをした。俺の顔は血で赤く染まっていた。その血はラナから流れたものか俺の目から流 れたものか俺にはわからなかった。俺は俺を取り巻く世界に復讐を誓った。
To
be continued
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