「呪縛」
先の戦いで受けた傷も癒え、新たなる戦いの場へ赴く為に、アルサリスはベスパーへとやってきていた。銀行前に足を運ぶと、探していた人が見つかった。先日、ベスパーをマークしてもらった黄色いドレスの女性。
「こんにちわ」自分の事など憶えていないか、などと思いつつ声をかけてみる。
「はいはーい」と、この前と同様の言葉と笑顔。つられてアルサリスの口元にも笑みが浮ぶ。
「先日は名を名乗らずに、失礼しました」
え?という顔で首を傾げる女性。その仕草に苦笑しつつ
「先日、この街をマークして頂いた者です」
その言葉を聞いて、はっとする女性。
「思い出した!どう?頑張ってる?」
「はい。お陰さまで、この辺りでは腕を磨く相手が居ないくらいになったつもりです」
「はやいねー」自分の事のように嬉しそうに笑う。
「それで、またお願いしたいのですが」
「マーク?ルーン無くしちゃったの?」
「いえ。実はシェイムのルーンを作って頂きたいのです」
「んー…。このスクロール、全部書いちゃいたいから、それからでもいい?」
アルサリスと話している間も手を休める事なく、スクロールを書き続けている。どうやら書写を学んでいるらしく、なかなか見事な手つきで書き上げている。「このスクロール」と言いつつ、傍らのスクロールに目をやる女性。アルサリスがその視線を追うと、陰に人が隠れる事が出来そうなくらいに、山と積まれたスクロールがあった。
(この山はこの人のだったのか…)
唖然と見上げるアルサリス。
「わかりました。何度もすいません…あ、俺はアルサリスといいます」
礼をしようとして、まだ名を名乗っていない事に気がついた。
「いいよいいよ。私はありす。よろしくね」
言って右手を差し出す。握手を求めている事はわかるが、アルサリスは少し躊躇した。そして自虐的に薄く笑うと、差し出された右手を握り返した。
「こちらこそよろしく」
そこに声をかけてきた人間がいた。
「よお、アリス」
声がした方を見ると、全身を赤で包んだ男が立っていた。二人が話し始めたのを見て、(邪魔をしては悪いな)と、少し離れた場所の壁に寄りかかる。目を閉じ、束の間思いを巡らせる。
少しして、声をかけられた。
「シェイムのルーンを頼んでいたのは貴方か?」
目を開くと、先ほどの若い男が立っていた。
「そうですが」
「シェイムの入口のルーンです。どうぞ」
そう言って、「Shame」と刻まれたルーンを差し出す。アリスの方を見ると、にっこり笑って頷いている。差し出されたルーンを受取り礼を言い、アリスに一礼してから帰還の呪文を唱える。一瞬、浮遊感に包まれ景色が薄れる。まばたきを一つすると、そこはもうシェイムの入口だった。
ナイトサイトの呪文を唱え、剣と盾を持ち直し洞窟の中へと足を踏み入れる。中に入ると何人かの戦士が土や岩の塊と戦っている。
土の塊…即ち、アースエレメンタル。大地のオーラが結集して生まれた怪物である。大地が生んだからなのかはわからないが、その体が金を含んでいることは冒険者たちの間では有名な話だ。そしてその豪腕から繰り出される一撃は大地の精霊の名に恥じない威力を誇り、緩慢な動きからは想像もできないが避けることが難しい事もまた有名だった。
その金を求めて、そして腕を磨くために訪れる戦士は後を絶たない。…それがここ、シェイムの1階である。 そのシェイムにアルサリスはやってきた。彼の目的は腕を磨くこともあったが、アースエレメンタルの金も目的だった。動物の皮で物を作って日々の糧を得てきたが、
「自らの剣で糧を得たい」という思いは強く、時期尚早に思えたがシェイムに足を運ばせたのだった。
足元に注意を払いながら進むアルサリスに剣の精が話し掛ける。
「ねぇねぇ。さっき握手するときちょっとためらったよね。なんで?」
「…あまり利き腕を他人に預けたくないからな…。だが、あそこまで良くしてくれる人にそんな事を言ってられないしな。何かするような人でもないだろうと思って握り返した」
利き腕を封じられることは戦士にとって死にも等しい。そして自分の愛用の武器を他人に預けることも良しとしない。だから修理を頼むときも自分が良く知り、信頼できる人間に頼む。
「そっかぁ…。そんなものかなぁ」
アルサリスは、その答えを聞いて(こいつは本当に剣の精なのか)と思ったが口には出さないでおいた。
やや離れた曲がり角から小石を撒き散らしながら岩の塊が姿を現した。それを見て剣の精が声をあげる。
「あ、出た!」その言葉より早く、アルサリスは駆け出していた。既に抜いていた刀を叩きつけようと振り下ろす。が、その土くれは器用に形を変えて斬撃をかわした。攻撃が空を切り、体が泳いだアルサリスにアースエレメンタルの攻撃が加えられる。盾で受け止めようとするが空中を浮遊する岩の固まりは途中で軌道を変え、左腕に当たった。その一撃の重さに左腕が弾かれる。
その後もアースエレメンタルが圧倒的有利に戦いを運び、アルサリスは壁際に追い詰められた。ふと、周囲の風景に見覚えがあることに気が付く。(…ここは…)脳裏に浮かぶ、あの時の事。蘇る真紅の追憶。(体は…動く!)土くれを貫く神速の突き。地鳴りのような声を上げてばらばらと崩れるアースエレメンタル。
「あ…」
ぱちぱちぱち。背後から拍手が聞こえる。拍手と言っても誉めている感じはない。呆れたような、馬鹿にしたような、そんな拍手だ。それを聞いてゆっくりと振り返るアルサリス。そこにいたのは黒ずくめで斧を持った戦士だった。背はあまり高くは無い。クロースヘルムを被っているために顔は見えない。
「なにか?」とアルサリスは尋ねる。黒ずくめの戦士は小首を傾げておどけたような仕草をしながら答える。
「いや?さすがに突きはすごいな、と思ってね」手に持っていた斧を肩に担ぎ上げながら、そんなことを言う。
「…なに…?」アルサリスの顔色が変わる。切れ長の目を僅かに細め、首だけでなく体も振り向く。
「どういう意味だ?」
「アンタ、何のためにここに来たのさ。昔のまんまじゃないか」侮蔑しているのがはっきりとわかる口調で戦士は言う。声から言って16,7の少年だろうか。
その言葉を聞くや否やアルサリスは地を蹴った。一足飛びに戦士に斬撃を浴びせる。だが戦士は落ち着いて斧の柄で受け流すと、逆に柄でアルサリスの鳩尾のあたりを突く。
「落ち着きなよ、アルサリス。そんなに喧嘩っ早かったっけ?」足元に蹲るアルサリスを見下ろしながら言う。アルサリスは跳ね起きざまに3段突きを放った。1発目はかわされた。2発目は斧で受けられた。だが3発目は兜を捉えた。弾け飛ぶ兜。その下から現れたのは後ろで1本に束ねた長い銀髪に赤い瞳の少年。心底驚いた表情のアルサリス。
「な…俺、か…?」赤い瞳に憎悪の炎を宿しながら少年は答える。
「アンタじゃない。でもアンタだ」理解しがたいことを言う。アルサリスが何も言わないのを見て少年は言った。
「アンタが捨てたかったもの。忘れたかったもの。俺は全部知ってるんだ」血を吐くような言い方で少年は続ける。
「アンタのそのくだらない贖罪の心が、この場所のオーラを感化してくだらない存在を作ったんだ」
「なに?」
「自分だけが不幸だと思ってるのか?負の感情しか知らない、血に汚れた記憶しか持たない存在を作っておいて、一体なにやってんだよ」泣きたくても泣き方を知らない、涙を流したくても涙の流し方も知らない。そんな風に少年は言った。
「俺はアンタは憎い。俺を生んだアンタが憎い!」叫びながら両手に握った斧をアルサリス目掛けて振り下ろす。全身全霊の力を込めた、渾身の一撃。(かわせない)アルサリスは瞬時に悟った。何をしても間に合わない。それほどの一撃だった。
右手に握った刀が輝く。光に包まれたままアルサリスの意思とは無関係に跳ね上がった刀は斧を直撃する。その瞬間光が弾け、斧が砕けた。光は刃となり、少年の全身を切り刻む。少年は凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。本来ならば致命傷である。だが、少年は生きていた。
「ぐっ…剣の精かよ…ソイツに礼を言うんだな。…もう聞こえないかもしれないけどな」苦しそうに立ち上がると呪文を唱える。
「俺はアルゼクス。必ずアンタを殺すからな!」そう言い残し…消えた。
呆然と少年…アルゼクスが消えた空間を見ていたアルサリスはふとアルゼクスの言葉を思い出した。「もう聞こえないかもしれないけどな」確かにそう言った。右手に持っているものの重さが変わっている事に気がついた。恐る恐る見ると、目に入ったのは折れた刀。…そして地面に横たわる剣の精。
アルサリスは剣の精を抱き上げると呪文を唱えた。行き先はヴェスパー。細い細い糸を手繰るように呪文を唱える。アルサリスの姿が消え、後には地面に刺さった折れた刀の切っ先が残っていた。
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