|
「真紅の追憶」
血にまみれたまま、アルサリスはミノックの北に辿り着いた。
近くにはミノックがあり、鉱山夫や鍛冶師が訪れる地域である。というのは、この辺りの山脈は全てが豊な鉱脈だったからだ。だが、そんな鉱山地帯から道を逸れてしまうと、たちまちモンスターの餌食となる。実際、年に何人もの鉱山夫たちが殺されている。新大陸に続く洞窟を越えて北に向うと、モンスターが生息する地域に入る。
アルサリスは今、その入口へとやってきていた。鬱蒼と茂る木々の向うから、モンスターの咆哮、人間の怒声等が聞えてくる。
(誰か、戦ってる…?)剣の精が、肩の上に姿を現す。
「そうだな…この辺りはモンスターが多いからな」
(ふーん…。でもさ、なんでそんなに色々知ってるの?昔、何かやってた?」
剣の精の何気ない問い。アルサリスは僅かに顔を曇らせて答えた。
「…いいや。聞いた話だ」
(そっか…あ、助けに行くの?)
アルサリスの表情の変化に気づかずに、剣の精は続ける。
「相手が助けを求めているかどうか、わからないだろう?…それに…」
(それに?)
アルサリスが後ろに跳ぶ。そのまま空中で身体を反転させ、着地と同時に刀を鞘走らせる。断末魔の悲鳴を上げながら、血の海に沈んだのは、オークだった。
(!)驚く剣の精。
「それに、こっちはこっちで忙しい」
ゆっくりと振り向いた二人の目に入ったのは、一匹のトロル。そのトロルが一歩前に進み、威嚇するかのように、吼えた。アルサリスは右足を後ろに下げ、半身に構える。剣を中段後方に置き、左足に体重をかける。即ち、攻撃重視、かつ一撃必殺の構え。
戦いの喧騒が響く森、木々の梢を揺らしながら一陣の風が吹く。瞬間、ぶつかり合う刀と戦槌。ふわりとアルサリスの身体が浮く。圧倒的なまでの筋力の差。一撃一撃の間に隙はあるのだが、態勢が崩れる為に反撃が出来ない。何度も切結んでいるうちに、次第にアルサリスの動きが鈍る。全身の力を叩きつけ続け、体力の消耗が激しい。飛ばされる距離も増え、均衡はトロルの方に傾きかけていた。またトロルが攻撃を放ち、アルサリスが受けとめる…かに見えたが、刃の根元で一度受け、そのまま刀を後ろに倒す。刃の上を滑らせて攻撃を受け流し、態勢の崩れたトロルのわき腹に斬撃を放つ。致命傷になるかと思われたその一撃は、トロルの分厚い筋肉によって止められ、致命傷には至っていない。刃の上を滑らせたときに、刃がこぼれたのも原因だった。それでも深手には違いない。だがトロルは怒りにませて右腕を振い、防御の態勢が整っていないアルサリスに、トロルの肘がまともに入る。その肘を受けたアルサリスの右脇の辺りが、嫌な音を立てる。吹き飛ばされ木に叩きつけられ、全身が悲鳴をあげる。木の幹に血の花が咲き、アルサリスは地面にずり落ちた。トロルがゆっくりと向かって来る。
(来るよ、アル…。おいってばぁ!!)
剣の精が叫ぶ。
…血が口から溢れ出す。右胸と背中に激痛が走り、意識が遠くなる。
(前にも…こんなことがあったな…)
死が目前に迫っているというのにアルサリスは、そんなことを考えていた。
(あれは…いつだった…?どこ…だ?)
どこかの洞窟の中だろうか?日の光が届かない場所…。目に映る、血まみれの自分。そして何人もの戦士に囲まれて斬り殺される、一人の女性。動こうにも身体が言う事を聞かない。…弱弱しく、そして悲しそうな女性の最期の微笑み。聞える、最期の言葉。
『死にたくない……だけど…さよなら、なんだね…』
アルサリスが顔を上げる。目に映るのは怒りに震えるトロルの姿。そして、自らに振る降ろされる鋼鉄の戦槌。動かぬ右手から左手に刀を持ち替え、とどめの一撃を受けとめる。木に寄りかかったままトロルを弾き飛ばし、ゆっくりと立ちあがる。
「生憎、貴様に殺されてやるわけにはいかん」
全身を朱に染め、トロルを睨みつける。
「まだ、こんなところで死ぬ気は無い。忌わしい記憶を拭い去るまで、俺は…生きる!」
一直線に走りだす。迎え撃とうと繰り出される攻撃を掻い潜り、トロルの喉に突きを放つ。先刻の斬撃とはかけはなれたスピードで放たれたその突きは、鍔元までめり込み後頭部に抜けた。即死したトロルと共に倒れこむアルサリス。寝返りをうつように仰向けになると、視界に真青な空が広がっていた。
左手を掲げ、誰に聞かせるでもなくつぶやく。
「俺の手は、相変わらず赤いな…」
空の青と対照的な、血に塗れた自分の手。嫌なものでも見るように睨み付けると、そのまま目を閉じる。
どこまでも青い空は、真紅に染まった戦士を見下ろし
どこまでも高い空は、空を行く一羽の鳥を胸に抱き
ただ青く、ただ高く
全ての世界を、包んでいた。
|