| 「Wind
is follow」
アルサリスは皮で作ったものを売り、その代金で鎧を買った。己が生きる為とはいえ、動物たちを殺し、そして得た鎧である。
(自らが強くなる事が自分が殺した者達への弔いになる…)
それが逃げであることは、アルサリス自身がわかっていることだった。だが戦士としての生き方を選んだ自分に、他に出来る事はなかった。
強くなる事。
アルサリスは自身の心にしっかりと、その言葉を刻み込んだ。
これから必要になるであろうルーンを買い、銀行の前で場所を刻める人間を探す。ふと目に入ったのは黄色いドレスを着た女性。その横にいる青いドレスの女性と並んでいる事もあり、銀行前にいる人間たちの中で目立っている。
黄色のドレスの女性は、手に魔術書を持っている。かなり使いこまれた感じがする、その魔術書を見る限り魔術師だろう。
「すいません。貴女は魔術師ですか?」
アルサリスは尋ねた。
「うん。そうだよ」少し驚いたような顔をして女性は答えた。
「どうしたの?」
用件を言おうとしたアルサリスよりも先に、女性が口を開く。
「実は、この街のルーンを作って頂きたいのですが」
(少し厚かましいか)などと思っていると、快諾の返答が帰ってきた。アルサリスがルーンを渡すと、
「どこらへんがいい?」と聞いてきた。アルサリスの常識では、適当にマークして返すのが普通だったので、これには驚かされた。
「ええと…そこの魔法屋の壁の近くでお願いします」
「はーい」とにこやかに笑いつつ駆けて行く。そして壁の近くでルーンに場所を刻むと、また走って戻ってくる。 「はい。できたよ」と微笑みつつルーンをアルサリスに手渡す。
「ありがとうございます。お礼を…」と言って鞄を開けるアルサリスに彼女は言った。
「お礼なんていらないよ」
「え?」鞄に手を入れたまま、驚いた表情で女性の顔をまじまじと見るアルサリス。
「お礼はいいから、もしもあなたの助けを求めている人がいたら助けてあげてね。それでいいよ」
アナタノタスケヲモトメテイルヒトガイタラ
ひどく心が痛む言葉だった。その言葉を噛締めるようにしばし目を閉じ、女性の目を見つめ返してはっきりと答える。
「はい」
それを聞いた横にいる青いドレスの女性も、にっこり笑う。
渡されたルーンを鞄に仕舞い込み、二人に頭を下げる。
「それじゃ、頑張ってねー」
「はい。では、失礼します」軽く会釈してその場を立ち去る。
銀行の北の橋を渡り、郊外へと出るアルサリス。その肩に剣の精が姿を現した。
(なんであんなに驚いてたの?)
「ああいう人がいることに驚いた」正直に答える。
(優しい人だったね)
「そうだな」
人の優しさに触れたのは初めてではなかったが、少しばかり困惑していた。(信じられない)という驚きと、なんとも言えない暖かさが、彼の心に何かをもたらそうとしていた。
既に遠ざかったベスパーを振り返り、見つめる。
「いい…街だな」そんな事をつい、口にしてしまう。その時、けたたましい音を立てて、森の中から大きな影が飛びだしてきた。
「…」
それは見事な体躯を持った雄牛であった。見ると傷を負っている。…その影響か、ひどく興奮している。雄牛はアルサリスを見ると、頭を低く下げ前足で土を蹴り始めた。
(え?何?向ってくるの?)
アルサリスの肩の上に座る剣の精が、不安げに声をあげる。
「どうやら、そのようだ」
すらり、と刀を抜放ち切先を雄牛に向ける。その瞬間、雄牛は雄叫びをあげ地を蹴った。アルサリスも走りだす。すれ違いざまに互いに放たれた攻撃。アルサリスの右腕から血が噴出し…しかし雄牛はさしたる傷を負っていなかった。
(いつもより、動きが鈍い…?)
剣の精は、自らの主人の変化に気がついた。ふとアルサリスの顔を見やる剣の精。その瞬間くぐもった音を聞き、
そして激しい衝撃が襲い掛かった。
(わ、わ、わ!?)
剣の精は慌ててアルサリスの髪に捉った。
「ぐ…」
うめくアルサリス。はっ、として下を見ると雄牛の右の角がアルサリスの腹部に突き刺さっていた。力ずくで引き剥がすと、横っ面に刀を持ったまま裏拳を叩き込む。
さしたるダメージは与えていないが、間合は離れた。左手を傷にあてがい、治癒の呪文を唱える。左手の掌から白い輝きが漏れ、傷を癒していく。
(な、なにやってんだよぉ!やらなきゃ殺されちゃうんだぞ!?)
剣の精が悲鳴に似た声を上げる。
やらなければ殺される…。
唇を噛締め、刀を握り直す。アルサリスの目が僅かに細まる。雄牛の動きが僅かに止る。刀の刃が僅かに輝きを増し、周りを風が舞う。
アルサリスが地を蹴った。先刻の速さとは、全く違っていた。そして連撃を叩き込む。舞うが如く、刀を振う。風が後を追う。
互角の戦い。互いに相手の生命を削る戦いが続く。既に負っている傷の深さを考えると、どうみてもアルサリスの方が分が悪い。だが時間を重ねるごとにアルサリスの剣は鋭く、速くなっていく。
アルサリスの左足が一歩前に出る。下段に構えた刀が跳ね上がる。渾身の一撃。その一撃は雄牛の顎から脳天に抜け、頭部を真っ二つに斬り裂いた。
夥しい量の血を吹き上げて雄牛は地に倒れた。返り血を避けようともせず、その場でその様子を見るアルサリス。刀を握る右手もべっとりと血に濡れる。返り血を浴びた全身も血に濡れる。…奪った命の重さがのしかかるかのように。
アルサリスは刀の血を払うと、鞘に収め歩き出した。
強くなること。
形あるものでもなく、目に見えるものでもない。
求め続けて答えが見つからないかもしれないものを求めて、求道者は歩き出した。
その背中を押すように
その道を指示すように
風が静かに吹き抜けた。
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